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恐竜絶滅の謎・1 [UFOと宇宙人28]

人間と恐竜が一緒にかたどられた古代の彫刻がある。人と恐竜は共存していたのか?恐竜は天体に衝突されて滅んだのではなく、皆殺しにされたのかもしれない。

1819年、イギリスのオックスフォードシャー州。ストーンズフィールドの外れにある石切り場で、古生物学者ウィリアム・バックランドはすさまじく巨大な謎の動物の化石骨を発見した。この化石は下あごの一部で、歯も残っていた。このような骨はそれまでにも見つかってはいたものの、バックランドはヨーロッパ人としては初めて恐竜の発見を公式に記録に残し、この生物をメガロサウルスと名付けた。以来、世界のあらゆる大陸で恐竜が発見されて来た。

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(メガロサウルスの想像図)

ロサンゼルス郡自然史博物館・恐竜研究所のルイス・チアッペ所長が語る。
『これまでに様々な恐竜が発見されています。ステゴサウルスなどの剣竜類やツノを持つ角竜類、肉食恐竜など多種多様な種があります。棲む環境もそれぞれで、砂漠に棲む物、亜熱帯のジャングルや海辺に棲む物もいます』

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(恐竜とゾウの大きさ重さ比較)

地質学者のマーク・ウィルソン氏が語る。
『これまでに千種類以上が確認されていますが、さらに膨大な数の恐竜が存在したことは間違いありません。サイズに関して言えば、ニワトリ程度のものから地上最大の大きさのものまでいました。現代において最も大きな陸上の動物は象ですが、チタノサウルスと比べればかわいいものです。この恐竜の体重は、大人のオスの象の20倍近くあったと考えられています。体長は35メートルを超え、体重は100トンに達すると言われています』

『恐竜には、私達の心を捕える何かがあります。空を飛び、人が恐れてやまない存在、ある意味で超自然的な生物とも言えます』
こう話すのは、作家のフィリップ・コパンス氏だ。

自然史博物館のルイス・チアッペ氏が語る。
『かつて地球上の生物は、すべてが大型化していました。古代においては、動物も植物もあらゆるものが巨大だったのです。恐竜の世界は、私達の世界とはずいぶん異なっていました。恐竜以外にも様々な動物が生息し、巨大な爬虫類が海を泳ぎまわり、なお且つ空を飛びました。他にも、昆虫や哺乳類、両生類がいましたが、陸の王者として君臨したのが恐竜です』

出版編集者で古代宇宙飛行士説提唱の第一人者、ジョルジョ・ツォカロス氏が語る。
『SF小説の中などでは、巨大生物の棲む、地球とは全く違う別の惑星を舞台に冒険の旅をする物語が描かれますが、この地球上でも先史時代には、巨大な生物が歩き回っていたのです』

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(これまでのティラノサウルス想像図)
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(近年のティラノサウルス想像図)

恐竜の化石は、200年近くにわたり研究されてきた。この巨大な生物の起源や生態に関しては、新たな発見がある度に理論が覆されている。近年では、ティラノサウルスはウロコではなく羽毛で覆われていた可能性が高い、と言われている。

地質学者のマーク・ウィルソン氏はこのように語る。
『琥珀の中に閉じ込められた恐竜の羽毛が発見されて、今では恐竜の多くは羽毛で覆われていたのではないかと言われています。また、高い知能からくる習性も確認されています。卵を捕食者から守るために巣を作り、食べ物を運んで子育てもしていたようです』

自然史博物館のルイス・チアッペ氏が語る。
『かつては、恐竜はのろまで知能が低い身体の大きな爬虫類だと考えられていましたが、その概念はすっかり変わりました。今では、俊敏に行動したと考えられています。多くが羽毛に覆われた温血動物で、成長は著しく早かったようです。言うなれば、爬虫類らしくない爬虫類だったとも言えます。恐竜に関しては、いまだに解からないことだらけなのです』

古生物学の世界で恐竜に関する事柄が次々と明らかになる中で、古代宇宙飛行士説では、恐竜の滅亡に宇宙人が関係していると主張している。

作家のジェイソン・マーテル氏が語る。
『重要な事柄が、まだ解明されていません。恐竜の知能は高かったのか、何が起こったのか。そもそも、起源すら解かりません』

出版編集者のジョルジョ・ツォカロス氏が語る。
『通説では、恐竜は約1億6500万年の間地球を制したと言われています。一方、現代の人類であるホモサピエンスが現れてからは、まだ20万年程しか経っていません。こうしたことからも、地球の歴史の中で恐竜は飛びぬけて優勢な種だったと言えます。1800年代の初め頃なら、地球に100トンを超える巨大な生物が数多く生息したなどと言おうものなら、真面目に取り合ってもらえなかったことでしょう。それが今では、科学に裏打ちされた事実となりました。恐竜は、異星人が古代に地球で行った生物実験から生まれた可能性が高いのです。この惑星は、数十億年も前から生命を育んでいますからね』

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学会における見解によれば、6500万年前に天変地異が起こり、そのために地上を支配した恐竜は絶滅したという。

自然史博物館恐竜研究所のルイス・チアッペ氏が語る。
『地上の生物の、おそらくは50パーセントが死滅するという大量絶滅が起こりました。この50パーセントの中に、恐竜最後の生き残りであったトリケラトプスやティラノサウルスがいたのです』

さまざまな推測や科学的なアプローチもあるが、恐竜が絶滅した理由を科学は断定出来ておらず、いまだに解明されない謎のままである。

出版編集者のジョルジョ・ツォカロス氏が語る。
『地球外生命体は、恐竜ではなく高い知能を持つ自分に似た生物を繁殖させたかったのかもしれません。この繁殖計画に、地球はうってつけだったのでしょう』

正統派の科学者の間で言われる様に、恐竜は天体の衝突という自然災害によって死に絶えたのだろうか。あるいは、駆除の対象となっていたのではないだろうか。

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(古代の彫刻に恐竜が描かれている)

古代の彫刻や美術品の中に答えがみつかることだろう。そこには、同じ時代を生きる人と恐竜の姿が刻まれているという。
(つづく)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
マヤ文明が残した芸術品の中に、恐竜と人間が一緒に彫刻された作品を見る事ができる。このような作品を作れるのは、作者が実際に恐竜を見たからこそだという。恐竜と人間が同時代に生きていないことは、現代の定説である。ではなぜ?

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恐竜絶滅の謎・2 [UFOと宇宙人28]

6500万年前の地球。直径およそ13キロの小惑星が秒速20キロメートルで地球に突進し、現在のユカタン半島にあたる地域に衝突した。そのエネルギーは、TNT火薬1億メガトン相当だという。この大惨事によって地球の気候と地形に変化がもたらされ、恐竜の時代が終わりを迎えることになったというのが、学界の見解である。

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カール・セーガン・センター所長のデビッド・モリソン氏が語る。
『隕石は直径15キロ前後だったと思われます。この衝突によって大地は深くえぐられ、粉塵が大空高く巻き上げられて、数か月あるいは数年に渡って地球は闇で覆われたと考えられています。太陽光は遮られ、植物のように光合成をおこなう生物は枯れ始めたことでしょう。そうして食べ物を失った草食恐竜は次々と死に、それをエサにしていた肉食恐竜も死に追いやられたのでしょう。この現象が五年から十年ほど続いたと思われます。どれほど生き続けたのかは、はっきりとはしていません』

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(古代マヤ文明の都市遺跡チチェン・イッツア)

恐竜の中には、この天変地異を生き残った種がいたとは考えられないだろうか。そして、その後長い年月に渡って繁栄を続けた可能性は無いだろうか。巨大な小惑星が衝突したクレーターの付近に、手がかりが見つかるかもしれない。そこは、ユカタン半島の中心部に当たる。そして、クレーターの中心から150キロ足らずの所には、古代マヤの遺跡の中でもとりわけ大きく保存状態もよい都市遺跡チチェン・イッツァがある。

作家のデビッド・チルドレス氏が語る。
『恐竜の絶滅を引き起こした巨大隕石の衝突という大災害が起こった土地が、古代マヤ人にとっての主要な居住地と同じ場所であったということが、はたして偶然の一致と言えるのかどうか、私達は考えてみるべきではないでしょうか』

作家のフィリップ・コパンス氏が語る。
『チチェン・イッツアは、マヤが神と交信した場所と言われています。メキシコ湾周辺にこれだけ土地があるのに、マヤが選んだのが6500万年前に何かが天から降って来た場所ということが、偶然にしては出来過ぎのように思えるのです。そして、神や天と交信するという概念は、つい最近までマヤの人々が持ち続けた信条でもあります。これが偶然でないとすれば、何らかの意図があるはずです。この可能性についてはほとんど研究がおこなわれていないのが現状ですが、詳しく検証されるべきだと私は思っています』

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(マヤ文明の都市遺跡ボナンパクにこんな壁画が・・・)

また、作家のデビッド・チルドレス氏はこのように述べている。
『メキシコのマヤ文明圏とその他の地域には、翼竜類などをかたどった黄金の像が残されていますし、ボナンパクの壁画に恐竜が描かれていることはよく知られています。恐竜が滅んだのは太古の昔のはずなのに、一体なぜマヤの人々が恐竜を知っていたのでしょうか?』

この惑星で人類の進化が始まった時より遥か昔に恐竜は死に絶えたというのが、科学界における通説である。だが、なぜマヤ文明が残した芸術の中に、人と恐竜らしき生物との交流が描かれているのだろうか?それも、恐竜が絶滅した地で見つかっているのだ。

古代宇宙飛行士説では、さらなる証がカンボジア北部にある世界最大規模の寺院建造物アンコールワットにあると考える。神聖な建造物の壁を彩る精巧な石の彫刻の数々。中には、この寺院が建てられた地域に生息したと思われる動物の姿も数多く刻まれている。しかし、この中に恐竜のような姿をしたものがあり、考古学者たちを悩ませ続けている。

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(よく知られているステゴサウルスに見えるけど・・・)

地質学者のマーク・ウィルソン氏が語る。
『タ・プロームと呼ばれる寺院があります。この寺院の壁には円形のモチーフが刻まれているのですが、そのうちの一つがステゴサウルスのように見えるのです。このことから、有史時代(文献的資料が存在する時代を指す)にも恐竜が生きていたのではないかと言われてきました』

出版編集者のジョルジョ・ツォカロス氏が語る。
『骨格ではなく、筋肉や皮膚のある状態でステゴサウルスが描かれています。まるで、生きたステゴサウルスを見たのではないかと思えるほどです。この時代の芸術家に、なぜこのような彫刻が作れたのでしょうか?この生物に関する知識を与えられていたのでしょうか?』

自然史博物館のルイス・チアッペ所長が語る。
『古代文明のあった場所の多くが、恐竜が数多く生息した地域ですから、文明を築いた人々によってあちこちで化石が発見されていたに違いありません。そして、恐竜のような生物が芸術の中で表現されているのは、人々が恐竜とはどんな生物であったかを、化石から理解しようとした表れではないでしょうか。具体的にどうやって解明できたかは定かではありません。現代の私達ですら、200年前は恐竜の骨をどのように組み立てるかで手を焼いたわけですからね』

アンコールワットを建てた人々は、なぜ恐竜の体の構造を詳しく知っていたのだろうか?古代宇宙飛行士説で言われる様に、実際に恐竜と接触することによって知識を得ていたのだろうか?

アフリカ大陸のボツワナ北部、ツォディロヒルズ。考古学調査によって、2001年にここで人類最古の宗教儀式の痕跡が見つかった。それは、7万年より昔にサン人(カラハリ砂漠に住む狩猟採集民族。ブッシュマンとも呼ばれる)によって作られた6メートルに及ぶ蛇の彫刻だった。ヘビ信仰は世界最古の信仰形態の一つとして知られ、世界の至る所にこの信仰が見られる。

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(大きさからみて、恐竜ではないのか・・・)

しかし、高さが2メートルという頭部の大きさから考えると、これはニシキヘビではなく恐竜を彫ったものとは考えられないか。

作家のマイケル・バラ氏はこう考える。
『爬虫類の一種を崇拝していたことを示す芸術品が、古代には数多くあります。太古の昔、このような生物が地上にいたのでしょう』

『恐竜と人類が同じ時代を生きた裏付けとなるものが出てくると、科学はいつだってうまく言い逃れをしてきました。しかし、考古学的な証拠は、それほど単純に否定できるものではありません。初期の人類が、恐竜と遭遇していた可能性はあるのです』
このように語るのは、作家のフィリップ・コパンス氏だ。

古代人が恐竜の姿を描いているのは、人間と恐竜とがかつて共存していた証なのだろうか?正統派の科学者からすれば、この概念は受け入れられないばかりか、絶対にありえないことである。ただし、恐竜の足跡と並んで人間の足跡が化石となって残されている謎を、科学が説明出来ていないことも事実なのだ。
(つづく)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
骨格だけを見てその恐竜の全体像を把握・想像することは、現代人でさえ、かなり困難である。古い時代に作られた壁画や彫刻に残る生物の姿が、現代人の考える恐竜の姿と酷似している(ほぼ同じと言ってもよい)ことは、かなり異常だと言える。なぜなら通説では、どの時代の人間も恐竜を見ることは無いはずだからである。

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恐竜絶滅の謎・3 [UFOと宇宙人28]

ダイナソー・バレー州立公園は、アメリカのテキサス州グレン・ローズにある。1930年にここで、アメリカ自然史博物館のローランド・バーグが川底の石灰岩の地層に恐竜の足跡と並ぶ足跡を発見した。それは、明らかに人間のものだった。

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(分かり易く白線で示した恐竜の足跡(左)と人間の足跡の化石)

作家のマイケル・クレモ氏が語る。
『専門家によって、恐竜の足跡と一緒に人間の足跡が見つかっています。私達と同じ人間が恐竜の時代に生きていたことを示す証拠は、世界の他の地域にも残されています。本来なら同じ地層に見つかるはずの無い人間と恐竜の足跡やその他さまざまな化石が見つかっていますから、同じ時代を生きていたと思われます』

作家のフィリップ・コパンス氏はこう述べる。
『科学的な見地から、人と恐竜との間には6500万年の隔たりがあると言われてきました。しかし、考古学や地質学の世界では、同じ地層に残る人と恐竜の足跡など、この概念を覆す証が新たに見つかっています』

化石となった足跡は、過去のどこかの時点で恐竜と人類が共存した証なのだろうか?ダイナソー・バレーで見つかった化石を、学界は決定的な証拠とは呼び難いと考えている。

恐竜の時代は、地層に見られる岩の構造から区分される。三つの時代区分があり、2憶5000万年から2億年前が三畳紀、2億年から1億3500万年前がジュラ紀、そして1億3500万年から6500万年前が白亜紀と呼ばれている。

作家のフィリップ・コパンス氏が語る。
『地球上のあらゆる恐竜が完全に死に絶えたと言い切ることは不可能ですから、おそらくそのうちの一部は、その後もずっと生き続けたのではないかと思われます』

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化石の年代を測定するために最も広く使用されるのが、炭素年代測定法である。有機物に取り込まれた放射能が還元された比率から、年代を推定するものだ。*C14炭素原子はC12と違って時間と共に自然崩壊するため、この2種の原子の比率から年代を割り出すのだ。
(*)C14は炭素の放射性同位体。炭素の内の0.00000000012%を占め、大部分(98.9%)は炭素12、1.1%は炭素13である

作家のグラハム・ハンコック氏が語る。
『炭素年代測定法は、有機体にしか使用できません。つまり木材や骨などが対象で、石は測定できません。考古学においても、石の彫刻の年代測定をする際には、その下にある有機体を測定した結果から推測するよりほかないことが度々ありますから、必ずしも正しいとは言えないのです』

作家のマイケル・クレモ氏が語る。
『生物の骨などの場合でも、あまりに古い年代のものになると、物体そのものを使って科学的に年代を割り出す方法はありません。つまり恐竜の骨が見つかっても、そこにある堆積物から年代を推測するしかないのです。堆積物の年代を測定する方法は、いくつかあります』

作家のフィリップ・コパンス氏が語る。
『炭素年代測定の結果は、専門家が検証する学術雑誌に載りませんし、科学者はすべてを明らかにしているわけではありません。それで近年では、6500万年前に恐竜に何かが起こり完全に滅んだという見解にも、科学的な観点から矛盾が指摘される様になってきているのです』

欧州放射線リスク委員会の科学議長クリストファー・バズビィ氏は、次のように語っている。
『炭素年代測定法では、C14の濃度は常に一定だという大前提に基づいています。しかし、C14は宇宙線の中性子によって大気中で核反応が起こった結果生成させるものですから、一定とは言い切れないと思われます。もし過去において、こうした宇宙放射が引き起こす反応に変化が起きていたならば、大気中のC14の生産量も、有機体に取り込まれた量も、現在のものとはかけ離れているはずなのです』

恐竜の化石の年代を正しく測定できないのであれば、化石のいくつかは、古生物学界で言われる絶滅の時代よりも遥かにのちの物かもしれない。古代宇宙飛行士説では、そう考える。そして、その証は南米大陸にあるという。

南米ペルーのイカ。1961年に、この町のオクカヘ砂漠で作業をしていた者たちが、線画が刻まれた安山岩をいくつも発見した。その多くに、人と恐竜の姿が描かれていたという。以来、この地域ではこの謎の石が五万個ほど発見されていると、

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(イカの石のひとつ)
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(拡大してみると、人と恐竜が描かれている)

作家のエイリッヒ・フォン・デニケン氏が言う。
『イカの町で、この石を数百点ほど写真に収めました。この町の医師カブレラ博士のもとには、先住民たちがペルーのあちこちから石を持ち寄ったのだそうです。石には素晴らしい線刻画が施されていました』

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(大小2万点以上ものイカの石が保存されている)

1966年。ペルー人内科医ハビエル・カブレラは、のちに「イカの石」と呼ばれるこの石の研究を始めた。小さな小石から大きなものまで、カブレラ・ミュージアムには謎の絵が刻まれた石が二万点以上も保存されている。

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(向かって左奥に人間が描かれている)

作家のエイリッヒ・フォン・デニケン氏が語る。
『恐竜は約六千万年前に滅んだと言われますから、人間は誰も恐竜を見たことは無かったはずです。それなのに、この石に刻まれた素晴らしい線画には、人と共に恐竜の姿が見受けられるのです。中には、人が恐竜の背にまたがっているものまであるんです』

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また、聖書考古学学者のウィリー・ダイ氏がこのように語っている。
『イカの石には、トリケラトプスやブラキオサウルス、ティラノサウルスといった生物が彫られています。これほど正確に描いているということは、イカの人々が実際に恐竜を見たか、恐竜に関する十分な知識を持っていたとしか思えません』

古代宇宙飛行士説が、イカの石を紀元前5世紀から13世紀前半のものと考える一方で、学界では、石がねつ造されたことを疑う声もある。しかし、これだけ膨大な数が存在するとなると、ひとりの彫刻家が毎年千個以上を45年かけて彫り続けなければならない計算になる。イカの石が本物だと立証されても、さらに多くの問題が残る。恐竜に何が起こったのか?乱獲の為に絶滅したのだとすれば、誰が何のためにこれを行なったのか?

『まだ人間が、ほんのわずかしかいなかった時代を想像してみてください。同じ時代に恐竜がいたとしたら、人類は恐竜に簡単に殺されていたことでしょう。このような環境にいたならば、人類の生存にとって恐竜は最大の脅威となっていたと思われます』
このように語るのは、作家のフィリップ・コパンス氏である。

人類は生き延びるために、巨大な体を持ち、縄張り意識が非常に強く、ひときわ凶暴な恐竜をあえて滅亡へと追い込んだのだろうか?あるいは、古代宇宙飛行士説で言われるように、恐竜を滅亡させることは宇宙人の壮大な計画の一部だったのか?地球を脅かす小惑星を研究することで、証が見つかるかもしれない。
(つづく)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
仮に、人類が生き延びるために恐竜を絶滅させたのだとしたら、それはどのような方法だったのだろうか?ミサイルや戦車が無かった当時、巨石や大木を使って、人間よりも大きくて凶暴な恐竜を絶滅させることなど、はたしてできるだろうか?
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