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恐竜絶滅の謎・3 [UFOと宇宙人28]

ダイナソー・バレー州立公園は、アメリカのテキサス州グレン・ローズにある。1930年にここで、アメリカ自然史博物館のローランド・バーグが川底の石灰岩の地層に恐竜の足跡と並ぶ足跡を発見した。それは、明らかに人間のものだった。

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(分かり易く白線で示した恐竜の足跡(左)と人間の足跡の化石)

作家のマイケル・クレモ氏が語る。
『専門家によって、恐竜の足跡と一緒に人間の足跡が見つかっています。私達と同じ人間が恐竜の時代に生きていたことを示す証拠は、世界の他の地域にも残されています。本来なら同じ地層に見つかるはずの無い人間と恐竜の足跡やその他さまざまな化石が見つかっていますから、同じ時代を生きていたと思われます』

作家のフィリップ・コパンス氏はこう述べる。
『科学的な見地から、人と恐竜との間には6500万年の隔たりがあると言われてきました。しかし、考古学や地質学の世界では、同じ地層に残る人と恐竜の足跡など、この概念を覆す証が新たに見つかっています』

化石となった足跡は、過去のどこかの時点で恐竜と人類が共存した証なのだろうか?ダイナソー・バレーで見つかった化石を、学界は決定的な証拠とは呼び難いと考えている。

恐竜の時代は、地層に見られる岩の構造から区分される。三つの時代区分があり、2憶5000万年から2億年前が三畳紀、2億年から1億3500万年前がジュラ紀、そして1億3500万年から6500万年前が白亜紀と呼ばれている。

作家のフィリップ・コパンス氏が語る。
『地球上のあらゆる恐竜が完全に死に絶えたと言い切ることは不可能ですから、おそらくそのうちの一部は、その後もずっと生き続けたのではないかと思われます』

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化石の年代を測定するために最も広く使用されるのが、炭素年代測定法である。有機物に取り込まれた放射能が還元された比率から、年代を推定するものだ。*C14炭素原子はC12と違って時間と共に自然崩壊するため、この2種の原子の比率から年代を割り出すのだ。
(*)C14は炭素の放射性同位体。炭素の内の0.00000000012%を占め、大部分(98.9%)は炭素12、1.1%は炭素13である

作家のグラハム・ハンコック氏が語る。
『炭素年代測定法は、有機体にしか使用できません。つまり木材や骨などが対象で、石は測定できません。考古学においても、石の彫刻の年代測定をする際には、その下にある有機体を測定した結果から推測するよりほかないことが度々ありますから、必ずしも正しいとは言えないのです』

作家のマイケル・クレモ氏が語る。
『生物の骨などの場合でも、あまりに古い年代のものになると、物体そのものを使って科学的に年代を割り出す方法はありません。つまり恐竜の骨が見つかっても、そこにある堆積物から年代を推測するしかないのです。堆積物の年代を測定する方法は、いくつかあります』

作家のフィリップ・コパンス氏が語る。
『炭素年代測定の結果は、専門家が検証する学術雑誌に載りませんし、科学者はすべてを明らかにしているわけではありません。それで近年では、6500万年前に恐竜に何かが起こり完全に滅んだという見解にも、科学的な観点から矛盾が指摘される様になってきているのです』

欧州放射線リスク委員会の科学議長クリストファー・バズビィ氏は、次のように語っている。
『炭素年代測定法では、C14の濃度は常に一定だという大前提に基づいています。しかし、C14は宇宙線の中性子によって大気中で核反応が起こった結果生成させるものですから、一定とは言い切れないと思われます。もし過去において、こうした宇宙放射が引き起こす反応に変化が起きていたならば、大気中のC14の生産量も、有機体に取り込まれた量も、現在のものとはかけ離れているはずなのです』

恐竜の化石の年代を正しく測定できないのであれば、化石のいくつかは、古生物学界で言われる絶滅の時代よりも遥かにのちの物かもしれない。古代宇宙飛行士説では、そう考える。そして、その証は南米大陸にあるという。

南米ペルーのイカ。1961年に、この町のオクカヘ砂漠で作業をしていた者たちが、線画が刻まれた安山岩をいくつも発見した。その多くに、人と恐竜の姿が描かれていたという。以来、この地域ではこの謎の石が五万個ほど発見されていると、

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(イカの石のひとつ)
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(拡大してみると、人と恐竜が描かれている)

作家のエイリッヒ・フォン・デニケン氏が言う。
『イカの町で、この石を数百点ほど写真に収めました。この町の医師カブレラ博士のもとには、先住民たちがペルーのあちこちから石を持ち寄ったのだそうです。石には素晴らしい線刻画が施されていました』

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(大小2万点以上ものイカの石が保存されている)

1966年。ペルー人内科医ハビエル・カブレラは、のちに「イカの石」と呼ばれるこの石の研究を始めた。小さな小石から大きなものまで、カブレラ・ミュージアムには謎の絵が刻まれた石が二万点以上も保存されている。

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(向かって左奥に人間が描かれている)

作家のエイリッヒ・フォン・デニケン氏が語る。
『恐竜は約六千万年前に滅んだと言われますから、人間は誰も恐竜を見たことは無かったはずです。それなのに、この石に刻まれた素晴らしい線画には、人と共に恐竜の姿が見受けられるのです。中には、人が恐竜の背にまたがっているものまであるんです』

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また、聖書考古学学者のウィリー・ダイ氏がこのように語っている。
『イカの石には、トリケラトプスやブラキオサウルス、ティラノサウルスといった生物が彫られています。これほど正確に描いているということは、イカの人々が実際に恐竜を見たか、恐竜に関する十分な知識を持っていたとしか思えません』

古代宇宙飛行士説が、イカの石を紀元前5世紀から13世紀前半のものと考える一方で、学界では、石がねつ造されたことを疑う声もある。しかし、これだけ膨大な数が存在するとなると、ひとりの彫刻家が毎年千個以上を45年かけて彫り続けなければならない計算になる。イカの石が本物だと立証されても、さらに多くの問題が残る。恐竜に何が起こったのか?乱獲の為に絶滅したのだとすれば、誰が何のためにこれを行なったのか?

『まだ人間が、ほんのわずかしかいなかった時代を想像してみてください。同じ時代に恐竜がいたとしたら、人類は恐竜に簡単に殺されていたことでしょう。このような環境にいたならば、人類の生存にとって恐竜は最大の脅威となっていたと思われます』
このように語るのは、作家のフィリップ・コパンス氏である。

人類は生き延びるために、巨大な体を持ち、縄張り意識が非常に強く、ひときわ凶暴な恐竜をあえて滅亡へと追い込んだのだろうか?あるいは、古代宇宙飛行士説で言われるように、恐竜を滅亡させることは宇宙人の壮大な計画の一部だったのか?地球を脅かす小惑星を研究することで、証が見つかるかもしれない。
(つづく)


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仮に、人類が生き延びるために恐竜を絶滅させたのだとしたら、それはどのような方法だったのだろうか?ミサイルや戦車が無かった当時、巨石や大木を使って、人間よりも大きくて凶暴な恐竜を絶滅させることなど、はたしてできるだろうか?


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